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明治時代、現在の桜木町駅が「横浜駅」だったと聞きました。横浜駅と呼ばれていたころの、桜木町駅の様子が知りたいです。(ねこぼくさんのキニナル)

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日本で初めて開通した鉄道駅としての役割を果たした初代横浜駅は、美しいデザインの駅舎を持ち、日本人のみならず多くの外国人でにぎわった。

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2013年09月02日

ライター:ナリタノゾミ

1872(明治5)年9月(旧暦)、横浜~新橋間を日本で初めての鉄道が走ったこと、また、当時の横浜駅が現在の桜木町駅の場所にあったことは、以前の記事でも触れている。
 


現在工事中の現・横浜駅(3代目横浜駅)
 

初代横浜駅と大岡川河口(画像:横浜開港資料館所蔵)


では、1915(大正4)年、初代横浜駅が「桜木町駅」と名称を改めるに至るまで、どのような駅舎生命を全うしたのか。資料をもとに、当時の駅の様子を見てみたい。
 


鉄道開通で色めき立つ人々

1872(明治5)年5月4日(旧暦)、工部省(明治政府が設置した官庁で、殖産興業の発展を目的とした)は、ある文書を品川と横浜(現・桜木町)の両駅に掲出した。

9月に迫った「日本初の鉄道」横浜~新橋間の開通に先立ち、横浜~品川間を仮開業することを伝える知らせであった。
 


イメージ画像:「汐留・品川・桜木町駅百年史」より


本文には、細かい乗車手続きや運賃、時刻表が記載された。4歳児までは無料、12歳までは半額運賃。切符は1度しか使えないこと。手荷物や犬の持ち込み料について・・・。鉄道利用の基本中の基本事項である。

同年9月12日(旧暦)、横浜~新橋間が正式に開通し、明治天皇の臨幸のもと、盛大な開業式が行われた。横浜では、各家が国旗と日の入りの軒提灯(のきぢょうちん)を掲げ、鉄道開通と天皇の訪問を祝った。

こうして、日本初の鉄道が開通したのである。
 


やや使い勝手の悪かった初代横浜駅

初代横浜駅の本屋(ほんおく)は、アメリカ人建築家、R・P・ブリジェンスが設計した。
ブリジェンスは、グランド・ホテルや築地ホテル館を設計した建築家として知られている。
新橋駅の本屋も同人の設計で、両社は双子の駅と称された。
 


初代横浜駅、本屋の写真(画像:横浜開港資料館所蔵)


さて、現・桜木町駅とほぼ同じ位置に存在したといわれる初代横浜駅であるが、実際には、駅本屋はより大岡川に近い位置にあった。

いったいどのような配置だったのか。
記事末尾に列記したいくつかの文献を参考に、以下のような再現地図を起こしてみた。
 


文献の図や記述を参考に作成した配置図。赤の破線が初代横浜駅の構内


赤の破線は、駅構内を囲っていた板塀にあたる。
初代横浜駅の「顔」といえる本屋は、弁天橋・大江橋を渡ってすぐの場所にあり、大岡川に面していた。
  


明治初期の弁天橋。左奥が本屋。川沿いに屋台や人力車(再現イラスト:ナリタノゾミ)


再現地図によると、現在の横浜桜木郵便局(中区桜木町1-1)のあたりは造車庫が設置されていたと思われる。
 


現在の弁天橋。正面に見えるのが横浜桜木郵便局


弁天橋は1871(明治4)年、工部省によって架設され、大江橋とともに駅と市街地を結ぶ重要な橋であった。
 


横浜桜木郵便局前。当時はこの場所から初代横浜駅の本屋も見えたのだろう
 

大江橋から、初代横浜駅方面を望む


本屋から海側に向かって造車庫、荷物庫、倉庫などが配置された。
本屋の正面の噴水塔は水道創設を記念して、明治中期に設置されたものだ。
建築家のJ・コンドルがイギリスで選定してきたという舶来ものである。
 


獅子頭の顔から水が噴射する噴水塔(画像:現・横浜駅、南北連絡通路の壁)

 
初代横浜駅の本屋の様子は?・・・次のページ≫
 

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